Blog

2018.08.02 [ policy,team-building ]

続・情熱はどこまで必要なのか

「組織や組織風土に情熱はどこまで必要なのか」に入る前に、補足。
 
 
昨日は、情熱は誠意から判断ができると書いたのですけども、でもそれだけじゃないんですよね。
 
 
その奥に、本人がそれを明確に意識していなくても「それが好きだという気持ち」「それへの感謝の思い」があることが大事なんじゃないかなと思うのです。
 
「それ」というのは、会社や担当業務、チームメンバーやパートナー企業やお客様などを指します。
 
 
 
例えば、「これは仕事だから」「生活費を稼がなければいけないから」という責任感で誠意ある姿勢で仕事をしている人もいると思います。
 
 
それは十分立派な姿勢であって、決してそれ以上を求めるものではありませんが、その人の中にそれらに対する「好き」や「感謝」がないという場合、その人から「仕事への情熱」を感じることはなかなか出来ないんじゃないでしょうか。
 
 
どんな仕事を選ぶかなんて人それぞれ自由でありますから、好きじゃない仕事をしてる人も、感謝の思いがなかなか湧いてこない仕事をしている人も、否定するつもりはございません。
 
 
ただ、個人的にそういう人と仕事するのは、やっぱり情熱が感じられないし、楽しくないというだけでございます。
 
(楽しくなくても、そういう人との仕事でも頑張りますけどね)
 
 
 
 
さて、本題に入りましょうと思ったのですが、
 
 
いやその前に、そもそもなんで「組織、組織風土に情熱がどこまで必要か」なんてことを考えていたのかという話を少々。
 
 
それは、私が「体育会系ノリ」が苦手だからです。
 
一応、中学高校と体育会系クラブに入っていたのですけどね、当時からそのような思いを持っていました。
 
 
 
具体的にはですね、まず、熱く熱く、感情的に「頑張ろうぜ」「俺たちなら出来るぜ」「お前はまだまだ出来るだろう」的に表現されるのが苦手なんです。
 
そう思ったり、仲間内で共感し合うことはいいと思うのですが、
静かめに、緩めに表現する方が好きなんです。
 
 
それと私の中の「体育会系ノリ」とは、命令・強制・一方向的という感じです。
 
 
組織のメンバーで理念や仕事上での価値観を共有し、サービス方法などを統一する事は必要なことでとても大事なんですが、その方法が命令・強制・一方向的だったりすると、うわっ軍隊みたいって途端に苦手意識が出てしまいます。
 
※ちなみに、軍隊とそのやり方を否定している訳ではなく、会社組織が軍隊的運営をされている事に違和感を感じるという事です。
 
 
 
 
ま、いずれも私は「そういうタイプである」という事で済む話ではあるんですけど、
 
 
これまでいろいろな場面で、他社様の「会社の危機を脱して成功する事例」なんかを読んだり、聞いたりしてると、上述した体育会系ノリが垣間見えるケースもままあるんですよね。
 
 
その度に「あーこれは無理やわ」と思ってきまして、それが「組織、組織風土に情熱がどこまで必要か」なんてことを考えるようになった経緯でございました。
 
 
 
 
ふー、長くなりましたので、本題は明日以降に持ち越しで・・・
 
 
(つづく)